半年、1年がかりで、
相手を振り向かせる交渉に挑む。

店舗開発のミッションのほとんどは、出店する場所を決めることと賃料の交渉だ。中国出店のきっかけとなった上海中山公園店のオーナーとの交渉は、1年以上にわたった。上司からは「じっくり交渉していい。うちは別に焦ってないから」と任されていたため、再三に渡ってオーナーからの交渉要請が入るほどだったという。そうこうしているうちに、最初にオープンにこぎつけたのは、湖北省の商業中心地である武漢市の武漢群場城店だった。同店はオープンまで半年という短い期間の中で、さまざまなトラブルに直面した。日本では思いもよらなかった事態に対してどう乗り越えるかが試される日々だったが、入社10年目となる中国出身のS.C.(以下、C氏)も前線に加わり、2014年10月、1号店のオープンへとこぎつけることができた。その後、上海中山公園店は中国本土3号店として、2015年5月に無事オープンに至った。

想像を超えるトラブルの連続。
まさに試練の日々だった。

C氏はいう。「店舗開発というのは『ここがニトリ出店に最適だ』と思い定めたら、別の会社が営業していても構わずに『はじめまして、ニトリです。この場所、素敵ですね。ここにお店を出したいんです』といいに行く仕事なのです。悪い言い方ですが、営業中の会社に場所を変えてもらうわけですから、当然、先方は『は? 何いってるの?』というところから始まります」。最初の時点では、相手にもされない。しかし、半年、1年とかなりの時間をかけて何度も足を運ぶことで、先方の態度が少しずつ軟化し、話を聞いてくれるようになる。つまり、店舗開発の仕事というのは、2年、3年後を見据えて仕掛けていく攻めの仕事なのだ。「かなり前から、店舗開発部内では『日本では何店舗までいけるのか』という話をしていました。台湾では27店舗になりましたけど、じゃあ今後は何店舗までいけるのか、とか。常に先の話をしているわけです」とW氏。粘り強い交渉能力と、常に先を見据える視点が求められる所以だ。

2022年までに100店舗、
さらにその先への道のり。

店舗開発とは、店舗づくりの大もとである場所を決めるところから実際に店舗が開店するその日まで、永く携わる仕事だ。さまざまな領域への対応が求められ、柔軟かつタフな精神を持たなければ、続けることはできない。C氏に求められる資質を問うと「自分の考えをしっかりと持って、誰かにいわれたからということではなく、地域のお客様のため、出店のために、社外でも社内でも戦わなきゃいけないときにはきちんと戦い、困難を乗り越えていく姿勢を持っていることだ」という。この3年間、二人は中国の店舗開発の最前線で戦ってきた。中国国内に1店舗もなく「ニトリって何ですか?」というところから商談を始めた頃に比べ、最近は「話が速い」という。ニトリの掲げる「住まいの豊かさを世界の人々に提供する。」というロマンは、着実に中国本土に浸透しつつある。

それほど遠くはない将来、
中国は店舗数で日本を超える。

現在、ニトリでは「2022年までに中国本土で100店舗」を展開する計画を立てている。次の2年間で年に10店舗ずつ、その後は年に20店舗程度と上乗せし、100店舗達成を照準に、2017年には、ニトリ最大規模の自社物流センターを上海近郊に着工する予定になっている。この加速する中国出店の背景には、同社が掲げる大きなビジョンがある。それは、「2032年までに3000店舗」という非常に大きな数字だ。2017年12月現在、ニトリが全世界で展開している店舗数は「合計513店舗」。単純計算しても、これからの15年で「毎年170店舗前後」を開店し続けなければならない。一見、無謀な計画に思えるが、W氏やC氏の表情に迷いは感じられない。彼らは「中国の店舗数が日本の店舗数を超える日は、それほど遠い将来ではない」と断言し、「目標は前倒しで達成したい」と意気込む。その確信を支えているのは、彼らが最前線で積み重ねてきた苦労と実績であることは間違いない。

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